無為自然に生きる

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老子」を読んで、道に従って無為自然に生きること、わざとらしいことをせず、自然に任せて生きることを学びました。

まだまだ、「老子」に関するいろいろな本を読んでいるところで、勉強不足ではありますが、確実に私の人生は変わりつつあります。

常に自分をよく見せようとしたり、他人と自分を比較して落ち込んだり、

誰かの目を気にして毎日を生き、とても疲れていました。

老子がいう「無為自然」という生き方。

私たち人間も、自然の一部であり、生まれてきたら道(タオ)にしたがって、生きていくしかないんです。

私たちを生み出してくれた力、そして生かしてくれている力、それらの目に見えない力に感謝して、一日一日を丁寧に生きていけばいい。

「こうでなければならない」と私たちが決めたところで、そのとおりになんてならないものです。

どんなに普段の行いがよく、周りから善人だといわれている人でも、自然災害によって命を落とすことがあります。

そして、素晴らしい聖人であっても、最後には必ず死を迎えます。

世の中には、変化しないものは1つもなく、どんな偉い人でも、どんなお金持ちでも平等に死を迎えます。

大海をたゆたう小舟に乗ったイメージで、ゆったりと毎日を過ごすようにしてから、私は怒ることが少なくなりました。

子供に対しても「こうあるべき」という思いが強く、自分のものさしではかっていたところがありました。

でも、なるようになる、なるようにしかならない、私たちの人生は神様(大いなる力)が決めていることであって、私たちは何一つとして決めることはできないんだ。

そう思ったら、ふっと余計な力が抜けて、体も心も楽になったのです。

私の仕事は収入が多いときもあれば少ないときもある、不確かな仕事です。

でも、仕事がなかったら、ないなりにやればいい。

仕事がきたら精一杯やればいい。

こないのにやきもきして生きていると、心がすさんでいきます。

ゆったり、のんびり、生きていればいい。

私たちは自然に任せ、わざとらしいことをせずに、無為自然に生きていれば必ずうまくいくようになっています。

そして、寿命がきたら死ぬだけです。

なにも恐れず、なにも計算せず、流れてくるものを受け取る生き方。

私にはとても合っているように感じています。

 

例えば、小さな部屋に暮らしているとします。

外には出られないけれど、生活に必要なものが定期的に届けられるとします。

なにかは選べないけれど、着る服も、生活用品も、食べるものもすべて与えられるとします。

ある人は、

「あ~今日も食べるもの、着るものがあってありがたいな」と思い、

 

ある人は、「こんな服趣味じゃないから着られない!」

「こんなもの、好きじゃないから食べられない!」

と思うとします。

 

どちらが幸せでしょうか。

今日も食べるもの、着るもの、生活に必要なものが十分にあって、ありがたいなと思う人の方が、幸せなんじゃないでしょうか。

 

人生も、これと同じな気がするんです。

自分の人生にいろいろな出来事が起こります。

それらをすべて神様(大いなる力)のプレゼントだと思って、感謝して大切に思う。

「人生の糧」なんて言い方をしますが、そうやってとらえることで人生が豊かになる。

 

すべて、あるがままに受け止め、無為自然に生きれば、心の負担が軽くなります。

誰かに何かを言われても、全く気にならなくなります。

誰かによく見せようとか、誰かと比べて自分はどうだとか、一切気にならなくなります。

本当の意味で、人生が楽しくなり、自分のことを好きになります。

私は今まで生きてきた中で一番幸せです。

もし、私のように周りの目を過剰に気にしてしまう人は、ぜひ「老子」を読んでみてください。