ゆるりとくらす

ゆっくり、のんびり、スロー&シンプルライフ

【荘子】「和して唱えず」について考えてみた

f:id:momohatori:20200225141726j:plain

私が今読んでいる本。「老子荘子の言葉100選」著・境野勝悟 に以下のような言葉がありました。

*********************************

むかし、衛(えい)の国に、哀駘陀(あいたいだ)という、風采のあがらない男がいた。

なんでも、彼と接した人たちは、彼を慕って離れようとしなかった。

だれもが、あいつはいい男だ。あんな気持ちのよい男はいない、といった。

たくさんの男たちが彼と友達になりたがった。

娘たちがこの哀駘陀を見ると"ほかの男の妻になるより、お妾さんでもいいから、彼と一緒にいたい"と、数十人の女性たちが両親に泣いてせがむという始末。

彼は、けっして豪荘な家に住んでいるわけではなかった。

とりたてて財産があるわけでもなかったし、権力も地位も、つまり、世間的に華やかなものは、何ひとつ持っていなかった。彼の魅力は、なんであったか。

「和して唱えず」

なにを言われてもハイハイと答えられた。

なぜ、彼が、そのような態度がとれたのであろうか。

彼は、すべての人に寛容の好意がもてたからだ。

**********************************

人っていうのは、誰でも、自分の話をニコニコと、ただ聞いてくれるだけでうれしいものなのだと思う。

特に、主婦でいえば、旦那さんが帰ってきて、1日の出来事を聞いてもらいたいものだろう。

旦那さんからしたら、まったくくだらない話ばかりだろう。

でも「そうか、そうか」と聞いてくれるだけでうれしいものなのだ。

しかし、世の旦那様はきっと、往々にして反論したり、自分の意見を言ったり、「疲れているから」と聞く耳を持たなかったりするのではないだろうか。

御多分に漏れず、うちもそうなのです。

ただ、「そうか、そうか」と聞いてくれる人は、やっぱり人から好かれるのでしょうね。

それは、なにも旦那さんに限ったことではなく、自分自身もそうであるか?と問われれば、答えはNOです。

特に子どもから話しかけられれば、親としての意見を押し付けてしまったり、笑顔でなんでも「そうか、そうか」と聞くことはできていないと感じます。

祖父が「和して唱えず」を実践していた

私の祖父は、まさに「和して唱えず」という逸話に出てくる哀駘陀(あいたいだ)という男のような人だった、と昔母から聞いたことがあります。

飲みに行けば、知らない人でも友達になり、家に連れて帰ってきてしまったり…。

祖母の兄妹や隣近所の人の面倒までよく見ていたそうです。

祖母は厳しい人でしたが、祖父は何でも話を聞いてくれて、否定することなく、とても優しかったといっていました。

一度も怒られたことがなかったそうです。

いい面ばかりではなく、当然人が良すぎてだまされたり、借金をしてしまうこともあったとか。

それでも、イライラしたり、家族に当たったりということは一切なかったんですね。

とても、優しく、心が広く、温かい人だったときいています。

まぁ、そのせいかわかりませんが、母が20代の頃には亡くなってしまったので、本人にしかわからない気苦労はあったのかもしれません。

「和して唱えず」…実践するのは難しいけれど

何を言われても「そうか、そうか」と言って機嫌よくニコニコしている。

褒められても、けなされても、怒られても、バカにされても…

そんな人、この世にいるのだろうか?と思ってしまいますが(;^ω^)

たいていの人は、「そんなことしたらバカにされてしまう!」と思うのではないでしょうか?

特に、男性は「そんな奴バカだ」と思うことでしょう。

でも、荘子の寓話では「だれもが、あいつはいい男だ。あんな気持ちのよい男はいない、といった。」とあります。

男性から見ても、友達になりたいと思える人物だったのでしょう。

自分のことを自慢せず、かといってへりくだることもせず、ただ穏やかに人の話を楽しそうに聞いてくれる人。

そんな人に、自分もなれたらいいなぁ、と思います。